世界遺産登録の8日前に、富岡製糸場に行ってきたよ!富岡製糸場正門→工場内見学1

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世界遺産登録の8日前に、富岡製糸場に行ってきたよ!上州富岡駅→商店街→富岡製糸場正門 | 職業:魔法使い死亡
入場料は500円と非常に良心的
電車のチケットと合わせて買うと、もっと良心的

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オレンジのベストが来たているのが無料ガイドのおっちゃん
奥さんが80歳と行ってたので、ご本人もそれくらいなんでしょうなぁ・・・
観光地で、定年を迎えた人らがガイドのボランティアをしているのはよく見る光景ですな

レンガはここから、東にある、むか~し、朝鮮系?の移住してきた人らの村で焼いたとか行ってました

当時、欧州では蚕の間で、病気が流行り、生糸が不足してたため、海外で買い付けていたらしく
日本でも、たいそう、生糸で売れたのだそうです
ただ、当時の糸はそれぞれの家庭で作られていて、糸の太さがバラバラ、統一されていなく、不評だったため
全国に欧州式の工場を作るのはもとより、統一企画を作るために富岡製糸場を作ったのだとか

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検査人館の建物
当時としてはべらぼーに高い給金を貰ったのだとか
熊本の工場も、似たような感じだったかと思います

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女工館

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東側倉庫らへん

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ここで、意図を作っていたのだそうです
ここは後に回して、先に他を見学しました

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休憩所
自販機が中にあって見学者も休めます
ここも、昔から使われているらしいです

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診療所
当時としては、最先端の西洋医学、しかも診察が無料だなんて、国も工女のためにかなり気を使っていたのが伺えます
恐らく、医療保険なんか、ないような時代でしょうから
支払われていた給与も悪くなったのだそうです
女工哀史といいますが、富岡製糸場は国営ですし、かなりしっかりとしていたんじゃないでしょうか、待遇が悪かったなんてことはなさそうです

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ブリュナ館
地下室があるけど、用途ははっきりしておらず
外国人に対しての風当たりの強い当時、避難施設として地下を作ったんじゃないかとかガイド人がいってました

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ブリュナ当人が帰国後は学校として使われていたのだそうです

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富岡製糸場南端

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広場になっていて、奥の建物に女工さんが住んでたのだとか
古い建物なのに火災時用の滑り台があるそうです

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富岡製糸場の南を流れる鏑川
うっかり忘れてしまいそうですが、当時は車も電車もまだありません
荷物の運搬として、重要だったのが船
この鏑川から船に荷物乗せて運んだのだそうです
橋の下のあたりに、当時の名残が残っているのだとか

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